都市銀行の崩壊と崩壊後の銀行について


今、日本では巨大銀行をメガバンクと呼び、これらの銀行が都市型銀行の役割を担っていると考えられます。
ですから「三井住友フィナンシャルグループ」「みずほフィナンシャルグループ」「三菱UFJフィナンシャル・グループ」の3大メガバンクと呼ばれる銀行とそれに続く「りそな銀行」が都市銀行と呼ばれることになるのでしょう。
しかし昭和の時代、俗に言うバブル崩壊前の時代には、多くの都市型銀行が存在しました。
最大で15行もあると言われた時代もあり、そこには倒産の憂き目にもあった北海道拓殖銀行を始め、日本勧業・富士・住友・第一・三井・三菱・協和・東京・埼玉・三和・・太陽・大和・東海・神戸などが都市銀行と呼ばれていました。
この頃の都市型銀行の役割はとても大きく、大企業から中小企業も含め、個人までも幅広い取引をしていました。
また国際的な業務も行っていたことから、多くの人材を抱えることになり金融規模も人員規模も大きな企業でもありました。
ですが北海道拓殖銀行が倒産してしまったように、バブル崩壊と共に銀行にも経営危機が訪れるようになりました。
多額の不良債権を抱えるようになり、公的資金の投入も止む得ない状態になってしまったのです。
その経験を生かし、新たな戦術のため多くの銀行が合併を始めました。
その結果が、今あるメガバンクに集約されてしまい、数は少ないのですが効率の良い経営が出来るようになりました。
そのようなことから都市銀行と言う呼び名は、バブル崩壊と共に消えてしまったと言って良いと思われます。

どちらの条件で選ぶ!?お金を借りるときの【2大条件】

銀行カードローン 銀行系消費者金融


PAGE TOP